夢の適正年齢

2019年1月22日

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少年は医者になりたかった。そんな想いは実現せず、自分と家族を養うために薬売りになった。それでも、目の前に倒れる人がいれば放って置けなかった。名医が街に来ていると知ると飛んで行って話を聞いた。そこで聞いた話を、薬を売る時の商売文句にしていた。


ある日、父親が亡くなった。老衰だった。父は自分の死を覚悟した時、少年にこう答えた「お前は自分の好きなことをして生きろ」少年は何も答えなかった。父が生前してきたことを思うと自分にそんな資格はないとさえ思った。父はアラブのガラス職人で、妻と5人の子供を養ってきたのだ。12の頃より職人に弟子入りし、そこの娘を嫁にもらい、今日までガラス職人として人生を全うしてきた。贅沢はもとより、怠けている姿を決して子供に見せたことはなかった。


そんな父を見ていた少年の心には、父のように生きたいと憧れさえ抱いていた。そして何より、少年はすでに大人になっていて、齢35歳だった。もう少年と呼ぶにはあまりにも遅く、立派な大人になっていたのだ。


薬は飛ぶように売れるなんてことはなかったが、少年の頃から20年以上薬を売っていたのでそれなりの医学的素養は身につけていた。簡単な咳の症状や喉の痛み、胃の不調に対して適切なアドバイスをして、実際に薬を飲むと効果があったので、その薬売りの評判は良かった。父親譲りの純真さで、家族を養うという名目があったにせよ、薬を売って人に喜んでもらえることに感謝していたのだ。


ある時、いつものように薬を売っていると、吐き気止めを欲しいという客が薬売りの店にやって来た。男はイギリス人の旅行客のようで、アラブの食事や水が合わなかったのか、下痢や吐き気が止まらなかったようだ。男に薬を勧めるとその場ですぐに飲み干して行った。


数日後、イギリス人の死体がでた。薬売りは毒を売った疑いで売り物全てを取り調べのために回収され、休業することになった。何日も牢屋に入れられて取り調べも受けた。イギリス人は国の貴族だったらしい。薬売りは店を廃業に追い込まれたことよりも、そのイギリス人を救えなかったことに嘆いた。


数ヶ月後、薬売りは釈放されたが、もう薬を売りたいとは思わなくなっていた。
猛烈に勉強した。日々の生活費はこれまでためたお金を切り崩して、質素な生活を送った。


今後こそ医者になるための道を歩み始めたのだ。
これまでの経験は全て医者になるためのものだと悟ったのだ。
自分が医者にならなかったから、あのイギリス人を救えなかった。


薬売りは医者になれなかったのではない。

医者になる時期がまだ来ていなかっただけなのだ。

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